「あり方」を問う

ここ最近、仕事でのあり方を考えさせられます。仕事は楽ではありません。しかし、辛い事ばかりでもない。働く中に、多くの喜びややり甲斐を実感できます。しかし、毎日目の前の仕事に追われ、思い通りにいかないことが繰り返されると、心が忙殺され、今の仕事にやり甲斐や楽しさを感じられなくなるのでしょう。

やるなら、楽しく仕事をしたいものです。楽しいと感じられるよう日々を送りたい。しかし、楽しいと「楽(らく)」は違います。楽をしようとする時は、目の前の事や今の自分から逃げようとしていること。逃げ続けるのは、ゴールのない迷路を彷徨っているようなものだと思います。

私は、よく「上手くいかないこと」があると、打破するための方法テクニックを得ようとしていました。方法論を振りかざし、すぐにでも答えを見つけたがります。それは、一時的な効果があったとしても、土台は脆く同じことが繰り返される。まさに、それが「楽(らく)」をしようとしていたのだと気付かされました。

大切なのは、「何をするのか?」ではなく、その前に「何のためにするのか?」を問うことではないでしょうか。目的を問い、考え続けること。そしてそれを発信し、仲間と共有することで、自ずとやり方は見えてくると思います。要は、ルールや方法論ばかりで締め付けるのではなく、目的を明確にし共有すれば、そこにはルールを細かく設定する必要もなければ、方法論ばかりで固める必要もなくなります。迷路はゴールがあるという前提でやれば楽しく出来る。ゴールがあるかどうかわからなければ、そこから逃げ出したくなるし、楽しくないと思うのは至極全う。組織のあり方とは、そこに関わる人たちと、目的を共有すること。そうすれば、上手くいかないことがあっても、それは「貴重な経験」になります。上手くいけば、それは達成感となり「自信」になります。

人生も同じ。なぜ私たちは生きているのか?生かされているのか?を問い続けることによって、私の生き方は自ずと見えてくるのかもしれませんね。

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